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右の地図は市民有志が制作した、明治から大正にかけての茅ヶ崎の別荘の位置と、広さと別荘主とを書き込んだ別荘所在復元図です。当時は官吏が茅ヶ崎あたりに別荘をつくることが流行したとか。華族や政界財界の人たちばかりではなく、来日して成功を収めた外国人、歌舞伎の九代目団十郎などの芸能人、時代を下っては世界的な芸術家・イサムノグチや文豪・開高健、音楽家・中村八大などの文化人・芸術家たちの名前も散見できます。一説には茅ヶ崎には200に及ぶ別荘があったともいわれています。こうしたハイソサエティたちの文化レベルの高い、クレバーな生活スタイルが茅ヶ崎の文化環境のベースになっていることは、あまり知られていません。


ルドルフ・ラチエン Rudolf Ratjen は1881年ドイツのハノーヴァー生まれ。1902年炭酸水販売会社の社員として来日、岡山県出身の土井朝於(どいあさお)と結婚した。東京青山の旧伊達家跡地にラチエン商会を開いてベンツなどの自動車や写真機、刃物などドイツ製品の輸入業を営むとともにポリドールレコードの日本代表を務めた。東京の青山北町の自宅の他、当初鵠沼に別荘を持ったが、関東大震災で崩壊したため1932年茅ヶ崎の浜須賀菱沼、現在の松が丘・旭が丘に15,000坪の広大な土地を購入し住宅などを建てた。1936年新築祝いと朝於夫人の誕生会の模様を撮影した16ミリ映画フィルムが現存している。ラチエンは、桜を好み同家の前を海岸に向かう道を桜並木とし、現在でもその通りはラチエン通りと通称されている。1947年死去し、墓は横浜の外人墓地にある。

(茅ヶ崎市史編集員会編・茅ヶ崎市史ブックレット9「近代茅ヶ崎の群像」より一部引用)


茅ヶ崎は芸能人の名前が通り名称になっている全国でも珍しいどころ。旧上原謙通りは現在では雄三通りと呼ばれ、茅ヶ崎駅から茅ヶ崎グランドホテルに至る道はサザン通りと命名され、海岸はサザンビーチと名付けられています。
これは茅ヶ崎出身の著名人が茅ヶ崎出身であるということを誇りにし、積極的に公開しているからにほかなりません。

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